■仲間から「理解されない」。職場で「力が発揮できない」を考える

先日、新しく入会してくださったサポーター会員さんとお会いした。「是非!お会いしたい」と要請を受けて。(こういう出会いがあるのは、活動をやっている冥利ですな)彼は元気イッパイ燃えていた。新しい職場で受けた刺激により、郷土について考えたそうな。「じゃーその思ったことを沼津に帰ってきたら、是非実践してちょーだいな」とリクエストすると。「いやー、戻ったら染まっちゃいそうです。持続できないと思う」とな。

いやーこんな話どこかでも聞きますね。

彼に「なんでこの活動をはじめようと思ったんですか」と聞かれる。基本、個人としてでなく会としての回答を述べる。が、こういう活動を続けていくってことはそりゃ容易なことではない。どんな活動も、共通する原動力は「世の中を変えたい」だと思う。

十代に刺激を受けて、目覚めちゃったことがあります。聞きかじったことをタネに家族をはじめいろんな仲間に「どう思う?」「私はこう考える」と話をしていくと、心地よい居場所とそうでない仲間が明確になりました。おじいちゃんに「戦争」について素朴なギモンをぶつけたときは、その後口を聞いてもらえず。(涙)でも目覚めちゃったんで、その後分かる仲間を探すことをし続けて、フィルム微助人の活動に至った部分もある。(根底には、アンテナは世界に向いているんだが、今の私にできることは、まずは目先のことからと郷土に目を向けた。そこから世界に立っているんだ。手法として選んだのがフィルムコミッション。しかもエキストラを選んだのは、相手が「人」だから。世の中変えられるのは住民だと。自治体主導(他人頼み)ではあり得ないと。映像支援をきっかけに町に興味をもち、興味から問題意識が生まれ、そのなかから行動に繋がる人が出てくると。)また話それた。

要は、気付くきっかけがあり、忙しい毎日に没頭しつつも、その気付きをどれだけ思い続けるか。解決しないと気持ちが悪いと思う性分なのか。だと思うわけです。次に、「口より行動」でして、「問題だー問題だー」と飲み屋で愚痴ることは誰でもできますゆえ、行動に表わせるか。で継続し、結果をだせるかで。思い続けることは難しいでしょう。仲間を作りたいと思うかどうか。

YORIKOさんと出かけた静岡県「協働フォーラム」で一人輝いていた職員がいた。懇親会で尋ねると浜松からの交換職員であった。話しぶりから吸収しようという意気込みが伝わる。年に10数人の交換職員に話を聞く機会があるんですが、どうも静岡市より西部方面の市町職員は魅力に感じるんです。「他人の畑はよく見える」だけなんだろうか。やる気が感じられるということはそういう土壌で仕事している人なんではないか、と。問題意識をもって仕事ができる。ガンバったことを認められる。評価される職場。

実のところ、簡単だよね。何で結果が得られないかって。会議おざなり、事務局だけが仕事している。運営している仲間見れば一目瞭然かな。企業経営も、NPO運営も、自治体の施策実現も全て同じじゃないか?

「もう一年出向先にいさせてください」っていうときは、元いた職場より新しい職場の方が魅力的ってことで、元の職場のトップは改善しなきゃ!と足元見直した方がよさそうですぜい。

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