■ドラマ「ハケンの品格」とまちづくり
●再放送でドラマ「ハケンの品格」(篠原涼子主演)を見た。
言いたいことを言う優秀な派遣社員(篠原涼子)と、派遣社員を差別する昇格間違いなしと言われた男性社員(大泉洋)と、派遣社員を認めるお人よしの男性社員(小泉孝太郎)の物語(はしょる)。第8話「「派遣にプロポーズ」第9話「スーパーハケンの過去」で、派遣社員の篠原演じる大前春子のこんな台詞がある。(公式サイト:「ハケンの品格」)
・「社員には2種類しかいません。一、出世のために働く社員(→大泉洋)。二、人のために働いてしまう社員(→小泉孝太郎)。二、は会社にはバカ扱いされます」
・「上司に逆らうのは負け組(→小泉孝太郎)のやることです」
言い当ててるなー。私、負け組じゃん。バカ扱いされちゃうじゃん。小泉孝太郎(役)じゃん。
その小泉孝太郎(役)は、「みんなが喜んでくれるハケン弁当が作りたい」ということで、企画のために1000人の派遣社員にアンケートをとる。派遣社員がいるマーケティング課は必死で動いたけれど、結局採用してもらえず。おまけに上司には煙たがられ異動されそうになる。という設定でしたが、自分を投影させてみました。私負け組み派。(参考ブログ:「蒼 徒然なるまま」急展開の「ハケンの品格」!! )
●会社に限らず「まちづくり」の現場でも、同じような場面に出くわします。
・売れる商品、みんなが欲しがっている商品(住民から求められるプロジェクト)を作るために、ニーズをキャッチするといった地道な作業は共感や感動を呼びます。しかしながら、商品コスト(手間、担当者の怠慢)といった会社都合のみならず、関わる人間の出世欲といったもので商品が作られる。(プロジェクトが進められる。)事の方が多いように感じている。
・良い(ニーズに沿った)ことをしているからといってそれが採用されることは少ない。
・企業商品なら買わなければ良いことだが、住民サービスは利用者側の選択はできない。
どうして使用する地元住民に不便なこんな道路作るんだよ。もっとこうしたら良いのに、ニーズを聞けば愛される道路になってメンテナンス(税金)コストも抑えられるのに。世の中そんなこと多くないですか?
私はそんな憤りが動機でフィルム微助人を立ち上げたわけですが、最近行き詰っています。「ハケンの品格」のこのワンシーンのような場面に出くわすからです。
「ハケンのためのハケン弁当」は、本当にそうなのか?
書類に掲げた目的や計画はどれも素晴らしいものばかり。が、実際にプロジェクトを進めていくと、「絵に描いた餅」と、はなっから諦めたできレースが常識となって横行する。コレはひとえに、担当スタッフ次第だと思う。あんど、現場の仕事を見ている上司がいるかどうか。コツコツとマメな作業とポイントをずらさぬ視点をもったプロジェクト進行ができる担当者がいるかどうか?で、実際にいるんですが、そういう人は確かに出世しないです。人をまきこんだ作業が得意な人は、日の目を浴びない。自分は手を出していないのに、自分がやったかのように錯覚をおこさすことができる人が上司の信頼を得ていたりして、権力をもっている。ドラマの世界とまちづくり(行政)の現場も同じです。
まぁーそんなこたぁーどこでもあることなんでしょうがね。つかれちゃうわけですわ。
首長が「釣りバカ日誌を誘致しろ。いくらかかるんだ」と未だ言っているかと思うと…。そのお金をかけるなら、今やっている活動に投資しようよ。一発屋で終わっていいのか?金で解決した誘致なんて何も財産残らないじゃん。誘致の目的は注目されることにあるの?産業になったり文化に育ったり、住民が関わることでコストかけずに根付いていく。そういったことの、あくまで誘致は手段でしかないじゃんないかな。とこの10年思うのです。年末でいろんな番宣を観ていると、「あん時(先月)、真剣に取り組んでもらえていたら、コレ誘致できたのに。アレ誘致できたのに」と思うんす。ちょっとの手間で首長の夢?は叶うのに、夢実現は目の前にあっても、それには手を出さず、大金払ったら手に入る。と思う感覚、そろそろおしまいにしようよー。
文化的施設まで話もっていきたかったが、うーまたもや支離滅裂っす。