■まちづくりに参画するのかしないのか

「住民が育っていない」とか「住民を育てなきゃ」という言葉を聞きます。「若者が選挙にいかない」とも言われます。

若者が選挙に行くよう膨大な広告費を払っても解決しません。未来永劫に。さっきのブログ内容に続いてます。

世の中の役に立ちたい。という思いを持った人はたくさんいます。しかしながら、そのためにどこまで関われるか。となると話は違います。自分の生活をおいやってまで、世の中の役に立つことを最優先にし、どっぷりつかれる人は少ないです。結果、市民活動をする人、しない人という区分けになり、活動していない人は関心のない人にくくられる気がします。(いろんな会議で会う顔ぶれは馴染みになる)私の周辺では、ちょっとの関わりで世の中の役に立つような環境はないと思っている。自分の都合にあわせたボランティア(市民)活動ができる仕組みづくりができていない。

「住民が育っていない」という人は、ニーズをキャッチして、取り入れようとしないだけだと思うんす。世の中いろんな人がいるでしょうが、「世の中のために役立ちたい」という気持ちを持った人をたぐっていけば、相当な数になると思う。それぞれが役立ちたい。役立っていると感じる居場所や役割が異なるから、仕組みづくりは容易ではないけれど。最大公約数的なとっかかりは、「自分が役立っている」という体験機会をつくること。これは難しいことじゃないと思う。

「若者が選挙にいかない」のは、自分の一票で何か世の中(自分の生活)が変わるわけじゃない。と思うから。選挙に限らず、世の中にはいろんな社会問題があるが、自分には関係ないと思っている。

これを解決するには、自分も関わっている。という体験をつくることで解決の糸口、環境づくりができる。

最近、ボランティアに関わる体験プログラムやまちづくりリーダー養成講座、あわせてそういった活動を紹介する冊子やサイトが増えてきた。これも一考ではあるが、多くの人は、事務局側にとってお客様でしかないんじゃないか、まちづくりは習うもんじゃないと思う。「住民が育つ」まではいかないと思う。一部の人にとってはきっかけとなり街にかえってリーダーになりうる可能性はあるが。

■住民が関わる体験を作る 電子会議室
フィルム微助人をやるしかないか!と覚悟を決めたきっかけとなった(青年会議所内での)事業があって、当時夢なかばで実現できなかった「電子会議室」というのがある。その数年後、仲間が立ち上げは行った。(TMOぬまづ「まちづくり市民会議室」※ページ存在はしていますが休止状態っす)継続はできていないけれど。
・「藤沢電子会議室
・「大和市電子会議室

現在ではファシリテーター養成講座までできワークショップという言葉も馴染みとなったが、当時1997年、事業展開した頃は「まちづくりには住民参画が必要」と、ようやく静岡県でも言われはじめたばかり。開催したワークショップは初体験者ばかりであった。(講師は京都工芸繊維大学の谷口知弘先生)そんなヨチヨチ歩きの私に、藤沢の電子会議室は憧れのマドンナのような存在(どんな存在やねん)であった。

すごいのは、市制に対して、住民から意見をもとめる。それを市制に反映する。ただそれだけ。

ネットがこれほどまに普及していない時代にできたのよ。藤沢は、すごいやね。ネットの大きな利点は、住民の手元に届けられること。意見を求められる行政委任委員の会議は、平日昼間に行われる。そんなのに参加できる住民っておかしいよね。必然的に組織の代表やら町内会の会長やらになって年齢もせばまってくる。若者が市制に口出しすることなんてできまへん。当然ながら、政治にも興味持てません。いまや「mixi」がブームになっているように、幅広い層が自分の意見をネットで表現します。こんな時代がおとずれるとは、電子会議室で予測できたでしょうか。
電子会議室には24時間、自分の都合にあわせて意見を書き込むことができます。またその結果が市制に反映されますし、会議へも参加ができる。議事録は当然公開され、どのように自分の意見が反映されプロジェクトが進んでいるのかが見える仕組みができています。

意見は、担当部署に限らず、他部署、全職員が見ることができます。もちろんそれに対しての対応もしなくてはなりません。電子会議室によって部署間の横の連携ができるのは、当然のことのようですが稀な事例なので更に素晴らしい。ことだと感動したものです。

最初は、身近な問題からかもしれませんが、この体験で自分の意見が世の中に役立つことを知ると、他のこともやってみようという気持ちになってきます。そういった積み重ねが、「住民が育つ」ということにもなります。

沼津市でも遅れて市民意見箱というメールで意見を出すと答えてくれるというシステムがあり、一度体験しましたが、結果はトホホです。こんな部署は無いほうがイイ。税金がもったいないっす。(どこかでそういう意見があったことは伝えます。とだけでもなるんだったら存在価値はあるが)

フィルム微助人は、20代〜40代の若い働く女性が活動していますが、どうしてこの活動に参加したのかを紐解いていくと、それは自治体の市民参画にも十分参考になります。町内会長でも、団体の会長でも、企業の社長でもない我々住民の意見が市政(県政)に反映され、住民も責任もって行動していく日がいつかくると信じて、いましばらく、自身の生活をおいやってこの活動を続けてみようと思う。倒れない日まで…。

”■まちづくりに参画するのかしないのか”3 件のコメントがあります


コメントありがとうございます!

  1. YORIKO さん:

    やってみたかった。で、補助金見つけて実行できた。
    ・・・・結果、上手く行かず・・・という事はあると思うが、
    TMOぬまづの事業として開設した「まちづくり市民電子会議室」
    TMOぬまづ企画運営委員会委員としては「恥ずかしい実例」となってしまいました。

    とっくに閉鎖されたはずで、ネット上での存在をなくして欲しいと言っているのだけれどまだ閲覧できる。これが現実かな?沼津の。・・・と言うのが私の感想。

    たまたま「電子会議室」は形として目に見えている。開始した時の経緯や状況を見ていないから請け負った人達の意気込みも知らず、途中から少し覗いただけだったのだけれど。使った補助金を無駄にしているように思う。拘わった人がどれだけ努力したのか?
    頑張った形跡が見えない。
    ・・・・これで良いの?許されるの?こんな事で。この街では?
    ・・・・という事が 他の事でも目に付く。

    地域住民と話し合って決めたはずの街の芝生の植栽。
    何故か花に変わっている。(計画段階では花は受け入れられず芝生になった場所)
    「やっぱり、花が欲しいよね?」と誰かが言い出したらしい。

    芝生を剥がして 花を植えた。
    皆で花を植えた事が・・・「良い事をした」になっている。

    ■税金を使うさまざまな事業。
    自分達(住民)がやろうと決めた事でも続かない。
    信頼できないよね?市民を。
    ・・・が続いていると、形はどうあれ、とにかくやれる所に頼みたくなる。
    ・・・これは 当然の流れかな?・・・と考える。

    出来が悪くてもレベルが低くても最後まで実行できる事が大切になるのかな?
    だから、確実に「出来る」と思う事しかやらないのかな?

    ・・・先に進むのは大変だね?
    ・・・分析してみました。私なりに。

  2. YORIKO さん:

    何か 解りにくい書き方でしたね?

    要するに・・・
    市民が決めた「やりたい事」に補助金貰って始めたら、
    市民は責任持って、結果を出さなくてはならないのではないか?
    ・・・と思うのです。当然の事ですね?

    補助金出した方が「あ〜これやって良かった。」と思えなければ
    次の機会は なかなか与えにくいのが普通だと思う。

    市民が立ち上がり、責任持って行動する!
    ・・・・という団体には機会が与えられるようになる事を期待しましょう。
    ・・・・どうすれば、そうなっていくのか?研究しましょう。

    市民の多様な要望を解決するには 市民の満足度を上げるには、
    市民自らが考え行動して解決するのが効率も良い。・・・という事で
    市民と行政の協働事業として事業提案公募し
    双方で協定を結び事業実施している自治体も多い。
    どうすれば、そうできるのかな〜?

  3. かねこ さん:

    よくわかりますよ。

    ■「電子会議室」
    多くの人が作業中のプロセスを公の場やネット上に写真や文字で報告するのが苦手です。専属の記録係がいないとできない作業で面倒ですが、そのプロセスがわかることで、それ以降の賛同者が増える波及効果を考えると重要な役割だと思う。

    という意味では、電子会議室の目的やプロセスの掲載ももちろんのこと運営者の顔が見えるページ作りが足りない。会議なども重ねていたので、こういう団体が参加して会議やりました。っていう報告の積み重ねが大切ですね。

    また、通常のHTML形式のホームページだと誰か一人が作業をすることになり、徐々にページ更新が停滞していくのは目に見えている。mixiのようなみんなで作っていくツール導入も重要なポイントだ。

    ■自分達(住民)がやろうと決めた事でも続かない。
    評価制度の整備が必要なんだと思う。めったにもらわない補助金だが事業報告を丁寧に作っても、補助金をくれた側がまともに見ちゃいない。所詮職員にとっても自分のお金じゃないからか?事業終了は脱力感だが互いに事業をどう評価するか。ということをいち職員の判断に頼らない制度というか仕組みというか意識改革が必要だと思う。
    市民に限ったことでなく、続かないのは行政も請け負った団体も同じだと思う。やれるところに頼むというか、やれるところを探していないというか。行政とのパイプを持ったところがやるよね。(もっと突っ込みたいけど、ここまでにして)

    ■市民と行政の協働事業として事業提案公募
    今ある行政事業で、公募の仕組みを検討している。基本公募で補助金つけるだけなんだが、それでは協働にも財産にもなりにくいから、補助金(支援金)を受けたところは、事業開催までに運営全体の会議に参加もするし広報計画も一緒にやっていく。という仕組みを作りたいと動いています。
    市民自らが動くことが一番だが、動くための環境を作れるのは行政の歩み寄りがなくては始まらない。というのを痛感している。後世のために今できることを…。息切れしそうっす、ね。

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