■あったらいいなプロジェクト
この数年、活動をしていてモヤモヤしている。
最初はロケのオファーが多くてその対応に追われるとともに、スタッフ確保、システム構築、外部との折衝といっためまぐるしい忙しさで、自分の家のことができていないジレンマから始まった。何でも創るときは楽しい。未知の世界に突入するわけで、机上論を実践することで確証を得られる。辛いことも後に良い経験と思え、構築する楽しみがある。で、ロケ受け入れは何とか形になってきた。
で、観光や産業としての静岡県の役割、位置と、ロケは同様なんだとわかる。東京から近いから観光と同じでニーズはあるけど、近いから地元でなくて東京に就職するように、福岡や名古屋、大阪といった地方大都市のような産業は生まれにくい。といった事がロケでも同じことが言えると。
で、次にロケ支援はあくまで手段なんで、ロケで得た財産を活用していく目標遂行に行動を移さなくてはならないはずが、2006年のしずおかロケーションマップ発行でつまずいた。発行から一年がたって思うことだが、ロケマップ創っているとロケ支援がおろそかになる。実績数値としてはおろそかにはなっていないんだけど、スタッフは同じメンバーだから、倍の忙しさになる。忙しいと気持ちの余裕がなくなる。いともすると目標を失ってしまう。そんな一年間を送ったともいえる。2008年にロケマップ二号を作りたいと2007年には思っていたが、創ることはそう難しくないが、同じ経験をしてはいかんと二の足を踏んでいる。フィルム微助人沿革を眺めたとおり、毎年最低一回は単発事業を開催している。このときは無我夢中でやってきた。精一杯の力を出すと、どこかで栄養補給をしなくてはいかん。ということに気づく。
2007年はそういうことでホームページにリニューアルやエキストラ登録システムのリニューアル、サポーター会員専用掲示板、事務局移転といった内務事業に力を入れた。外向けでなく内向けの事業に専念することを覚悟するに至るまでも辛かった。自分的にいかんじゃないかと目に見えぬ恐怖感にさいなまれた。2008年ロケマップを創るといって2007年も準備をしたものの、決めかねている。ロケマップでいいのか?もっと他にあるんじゃないか?と。
時代の変化にともなって周辺環境は変わっていく。が変わらない内部の課題もある。どんな選択をするのか。そんな葛藤の渦中にある。
で、「自分一体何やりたいのよ!」と追い込んでいくと、詰まるところ「やっぱし、映画とかドラマとかって手段でしかなくて、未だ興味がもてない。でもロケ支援は映画やドラマだし、活動の軸だし」(ドラマや映画観ると、自分を投影させて「このままじゃいかん!なんとかしなきゃ!」とかって思って、楽しんでみることができないんです。バラエティーが唯一の娯楽です。)優柔不断。じゃーどうすんのよ、と。
■あったらいいなプロジェクト
とまぁー、最近やたらめったら会う人つかまえて苦悩に知恵をかしてもらう。昨日久々に写真家の友人とお茶をした。(数少ない文化系の静岡友人)ドラマ「のだめカンタービレ」を見て自分を投影した感想を述べた。あんど、今我々(彼女と私)が携わっていることは、時としてくだらなくて無駄なことのようにも思えて、でも今あきらめては静岡県の文化は変わらないし、後世に対して恥ずかしいとも思う。中学時代に広河隆一さんをはじめとする写真家とその家族がどう世の中の出来事に向かっていくのか、何を伝えていくのかという強い生き方に感化され、今もなおチェルノブイリに行ってきます。というメールを見ると、私もやらなきゃいけない!ともがいているんだす。と話した。そんな私に
「金子さん、ベートーベンを聞きなさい」「クラッシックの良いところは迷いがない世界」「ベートーベンは最後一人で亡くなったのよ」とさ。
クラッシクは、その一曲のなかに完成された世界観があり、作曲家の人生とも言える。(第九やブラームスの話も聞いたがちんぷんかんぷん)オーケストラは、指揮者の人生が映し出されているのよ。その一振りをどう振るのか。次の音符をどの音にもってくるのか。それによって全く違ったものになる。(それに人生をかけて苦悩してきた作曲家など。)
金子「なるほどー、ベートーベンなんて金もって優雅に死を迎えていたっておかしくないのに。最後まで妥協せず満足できずって、すごいな」「ってーことは私のやっていることともラップするんだね」わかったようでよくかわっていないんだけど。
話超それた。タイトル:■あったらいいなプロジェクト だったよな。
金子「今、ロケ支援に没頭しているんだけど、それじゃいかんと。目的からそれちゃうんだ」
彼女の一言「じゃー金子さん、何やりたいの?」
金子「あんなこともこんなことも問題だって思っていて、それを解決したいんだ!」
彼女「じゃーあったらいいなプロジェクトで、フィルム微助人とは別にやったらいいじゃない」
金子「うーん、なるほど。それいいじゃん。」
ということで、モヤモヤしていたのが、ちょっと晴れ間が見えたんです。まだ実行に移してないんで、ピーカンとは言えませんがね。フィルム微助人でやる。と考えると難しさを感じて思考停止しちゃうが、別でやって、なおかついっぱいやりたいことがあるんだから、プロジェクトにしちゃえばイイ。なるほど。
先日、YORIKOさんが電話くれました。行政委任委員の話で、なーなーで話が決まってしまうが、重大な事なのに、これでいいのかー、と。私は気持ちが乗れなかった。とても大事なことだと共感するし、何とかしなきゃいけないと思うだんが、微助人のことに加えて自分の生活基盤のことで頭が一杯なのに、あーもっと考えなくちゃいけないこともあるよなー。という重圧感と、無力感で思考停止しちゃったんです。
さぁーこれからどうすんべ、自分。やるのか、やらないのか!
2008-01-13 at 22:35:58
あったらいいなプロジェクト・・・面白そうですね?
それが横浜市でいう「事業提案制度」であり、協働先進地が制度として始めていることですよね?
始めは「大きな夢」でなく、「小さな事をコツコツと」やっていけたら良いと思う。
やはり行動に移せることでないとね?達成感が味わえないしアピールもできない。
我が沼津市には事業提案制度も出来そうにないしね?
私はいつも 自分がすぐにやれる事を(まあ、それしかできないからね?)行動に移してきました。この10年間でいろいろやりましたよ。
■燃やすゴミ減量に「雑古紙分別・回収」「リサイクルでできた無漂白トイレットペーパーの利用促進」
■御用邸東付属邸の利用促進「夏祭り前のゆかた着付け講座」夕涼みには浴衣がけで出かけましょう・・など。
■沼津垣の編み方を広めたい・・・紙バンドで小さな沼津垣を編んで見ました。これに賛同した婦人学級の方が工房なごみを立ち上げ高齢者生き甲斐作り事業として制作を続け、小中学校などで沼津垣の編み方の講習をしたりおみやげ物として制作し販売したりしています。沼津垣模様のアクセサリーもできました。(上土・市川時計店さんオリジナル)
■子供向けに環境学習を。・・・夏休みにグリーンマップ活動、打ち水作戦。
■中心市街地活性化関連・・・交差点への花の植栽(大手町)、おかみさんサミット開催
それぞれにいつも賛同してくれる仲間が居て、活動できました。活動は広がり行政や地域の方、他の団体の方が受け継いでくださり続いている物もあります。
私、実はこれ以上沼津で活動する事に嫌気が差し始めている所です。でも、会議に出て意見言っている内に動かざるを得なくなるのよね?困った性格です。
2008-01-13 at 23:24:08
確かにYORIKOさんの活動歴をこうやって眺めると、あったらいいなを実行してきてるんですよね。
今イメージする「あったらいいなプロジェクト」は、単発でその時々の仲間を集めて。なんですが。運営面を考えるとしんどい部分もイメージできちゃう。資金面も含めて、そこをどう解決するか。
うーん、うーん。うーん。
2008-01-14 at 12:51:10
まずは 気持ちを固められるかどうか?
始めたらある程度の所までは引っ張っていかないとね?
旗を振って先頭を歩き、汗を流し、お金も(もちろん、お小遣いの範囲で)時間も使う覚悟ができるか?
自己資金が無くてもできる事で始めることかな?
私のやってきた活動は全部主婦目線での活動なので資金が無くてもやれる事でした。
★資金が必要な雑古紙回収は運搬費は企業(雑古紙100%のトイレットペーパーを製造している会社)の協力で始め、この企業の解散で終わった。
この頃には沼津市が小さな紙を分別回収開始していたので「そちらにどうぞ」と言う形で取り組みを終わりにしたのです。いろいろなこと書ききれない事、沢山ありました。(本や元気ゴミ大賞の冊子に文章掲載しています。)
★中心市街地活性化関連・花の植栽はやり手の無かった企画を押し付けられた(笑)
・・・でも、パリに行った時に交差点の花の植栽を見て、その綺麗さに驚き
「沼津の交差点もこんな風になったら良いのに・・・と思った事があった!」のを活力に、
当時、みすぼらしかったまちなかの花の植栽を私なりに「こんな風に!」とやって見た(見せた)のです。
必要な資金は用意されていたのでそういう問題は無かった。でも、街の人を動かすまでは3年間(石の上にも3年!)毎月のように草取りや花柄つみ等の手入れに友達を誘っては通いました。(持つべき物は友達ですね?)
個人的な事情で私は作業が続けられなくなり・・・「さあ、どうする?」となった時に 街の人中心に継続することになったのです。この交差点がいつも綺麗になったお陰で他の所の花も綺麗になったり、まちなかの他所に花を植えたいと思う人が増えていったのです。
やろうと思ったら、頭を使い 先ずはお金が無くてもやれる方法を探す!かな?
大きな事・無理な事はやらない方が良いと思うよ。途中で息切れしちゃうから。
2008-01-14 at 13:31:45
さすがです!先輩!
うーん、うーん。はそこの悩みです。覚悟を決められない。これは性格だけど、いつも自分では覚悟をつけられない。微助人も自分が頭やろうとはせず周りくどいやり方をしてきて、結果自分が旗振りをすることになったが、仲間がいたので二人三脚で私が表の頭、あなたが裏の頭。だからやる。ができたんでぇー。
って、今のYORIKOさんも似たような立ち位置だったり?(笑
今現在は、覚悟決められないなら手出ししない方がイイ。に8割り方気持ちがある。きっと数年後たったときに、またやりたい。と思うことがある自分は予測できるが、そのときに再出発するのか。せっかく培ったものを継続させていくか。ココで悩む。ユウジュウでやんすよ。
2008-02-09 at 18:12:15
「あったらいいなプロジェクト」その後…。こんなことをやってみたいなーの気持ち固めをしています。
NPO事業塾で教わったように。事業立案の際には「しらべる」「かぞえる」「くらべてみる」といった作業が必要です。まだそこまでできていないが、仲間にこういうのあったらどう?「うん、おもしろいね」「別にどうでもいいんじゃない?」なんて意見をもらいつつ…。
・どういう組織形態でやろうか?
・開始時期は、微助人の2008年事業計画をたて、軌道にのった後かな? なんて感じで。