2008年04月の記事一覧


■4/17モクスペ 衝撃スクープ裏のウラ全部ホンモノ最強版「コーラルプリンセス号」ボートピープル救助

2008-04-17

本日のモクスペ見ることができた!はじめて見た。半分寝ながらもしかしたら今夜放送だったかも?なんて思いつつ、たまたま運よく…。家族にビデオビデオ!なんて言って大騒ぎ。

■2月エキストラ手配の問い合わせから
4/17 (木) 19:00 〜 20:54 (114分) 放送
【MC】みのもんた 【ゲスト】志村けん 柴田理恵 半田健人 里田まい 麒麟
世界各国から選りすぐったスクープ映像、衝撃映像の最強版。衝撃の映像の裏側を現地取材、そして当事者がスタジオに登場し、映像の裏秘められた意外なエピソードを語る! 【スクープ映像の裏側】日本人カメラマンがスクープ映像

2月にエキストラ手配の問い合わせがあって、台本を読んで驚いた!23年前に自分がその場所で体験したことが再現され、当時のスクープ映像が流れるのだという。

■23年前 ボートピープル救助
1985年9月のフィリピン島沖。大型客船「コーラルプリンセス号」が、ボートピープルに遭遇、救助したという内容。
懐かしい仲間と救助したベトナムの皆さんが映像で流された。エンディングネタとして番組で扱われていた。
私にとっては、85年がはじめてのボートピープル救助で鮮明に覚えている。あれから23年もたったのか。それにしても未だにあのときのやりとり出来事は記憶に新しく、子供達の顔も覚えていた自分がいる。よほどの衝撃だったのだと今更ながら思った。

■ボートピープルが救助されることは少ない
海上にでればボートピープル遭遇は珍しくない。だが、救助することはなかなかないのと、マスメディアが乗船していることもそう多くはないのだろうからスクープなのだろうと。
当時、ヴェトナムから沖縄へ向かう道中、たまたま一才上の仲間が第一発見者となってボートピープルらしき船を見つけた。すぐに救助といきたいものだが、ボートピープルを装った海賊船も多かったり、救助後の対応の問題などが船会社側の課題となり、主催者側の我々と船会社で救助するのかしないのかの協議に入った。救助後の対応は我々が面倒をみることとなり早々に救助に入る。当時13歳だった私も、彼らの子供が着れるような洋服を提供するなどして、400名以上の乗船者みんなで協力体制に入った。日本に戻ったあとは、スタッフが彼らのサポートを行い、その後それぞれが様々な国に移り住んだ。

■テレビ番組のありがたさ
その後も、ボートピープルに遭遇、救助は体験したが、あまり記憶にない。なので、コーラルプリンセス号での救助は、よほどの体験なんだったのだと。
船旅では、24時間ずーっと水平線のなかで暮らす。遭遇が夜だったら、見つけることは困難だっただろう。日本に定住している御夫婦が「助けてくれて本当に感謝している」とコメントをされていた。ボートピープルが救助されることは数少ない。運よく。なんだと思う。帰国後も彼らの移住先などの手配をした元旦那に、「今テレビやっているよ〜」というと、「後で彼らの生活ぶりを教えてくれよ〜」と電話。第一発見者の一才上の仲間(須田ハチ)は30歳になる前若くしてこの世をたった。「ご夫妻元気な姿を映像で見たよ。ありがとうって言っていたよ」と(須田ハチ)に伝えたい。

運よく、この映像が流れることを知ったのはフィルム微助人のおかげだが、当時の仲間は知らない。みんな、再放送には見てみてね。

■やった方がイイことに目をつぶる 

2008-04-17

3月末からフィルム微助人以外の活動に時間をさいている。
運営のなかで「自分マネジメント」的にいうと、苦手なことを一つ気づいた。

・「やった方がイイとわかりつつ、見てみないふり」が良きとする関係。
・「やった方がイイとわかりつつ、議論しない」苦痛。

日頃、フィルム微助人はじめ、自分がリーダーシップをとれる居場所では、「こうした方がイイね」「でもこっちの方がもっとイイ。じゃー今回はこのやり方でいこう」という選択をしながら。時間はかかっているんだろうが、関るスタッフが納得しながらできることと、次の経験に生かされる。

新しいスタッフが増えると、この経験や議論が引き継がれないコトも実際にあるのと
IIHOE川北氏方程式でいうと、調べる、比べる、確かめるといった作業はないがしろにしているし、十分吟味した上でやりたいこと、やりかたを選んでいるまでには到達していないが…。

久々に外へ出て、短期間熱心に打ち込んでみたところ、
川北氏方程式以前に、「やった方がイイ」を考える、議論するは、面倒なこと。では、本来の事業の目的はどこにあったのか?と振り返る目的も、振り返ることさえ「そんなまじめにやらなくても〜」という輪のなかに自分がいることに気づく。様々な団体に関ることで、運営方式や組織形態など実体験で得られるものがある。イイなと思ったことを採用し、反面教師でありたい。などと近頃実感した。

そこで、別組織では、「やった方がイイことに目をつぶらない」で行こう!と、モチベーションのさがりっぱなしの雰囲気のなか、仲間へ再度呼びかけたいとと準備をしている。そこでは、敬愛する人生の先輩方がたくさんいる。いい言葉を頂いた。
「これまで豊かな議論をしてきた。事業に生かすために、検証と反省を行う必要がある」

まだまだ自分の言葉になっていないが、川北方程式の「ふりかえり」。過去の議論は豊かであった。生かす必要。そして検証を行う場を作ること。

フィルム微助人内でも行いたいが、どうやっていいのか、手順が検討もつかない。まずはこの組織でやってみて、フィルム微助人で生かせたらと。そんな悠長なことを言ってる場合じゃないのはわかっちょるが、判断材料を集める作業にもうしばらく時間をかけたいのー。

■しずおか国民文化祭 県民参加 夢の実現

2008-04-17

フィルム微助人の活動をはじめた動機のひとつに、
「住民の意見を市制(生活)に反映できないものか」という疑問があった。

1)実家家業に泣く泣く帰る
2)家業を考えたら、自分ち店だけでなく周辺を考えなくてはならない
3)店前(家前)道路が、観光振興のため整備された
4)使い勝手の悪い、修理コストのかかる道路だった
5)住民が愛着もてるプロセスを経て道路を作ればいいのに
6)意見を聞かれるのは、地域の責任者(一部の人、男性、生活者でない人)だったりする
7)どうしたら意見を言えるのか。聞いてもらえるのか
8)世の中のことを知らなくては、発言に説得力をもたないと知る
  行動が伴うこと、表すことも必要と知る
  → 地域課題の解決(組織立ち上げ)
9)あちらこちらで勉強する
10)町のことを勉強して発言する人は少ないことを知る 
  敏感な若者は会議には参加しない。できないことも知る
  → 誰もが参加できる組織形態に(現在方向転換検討中)
  → 電子掲示板にトライ(失敗)
  → 
11)それでも、立ち行かない。自身に足りないものがあることを知る

5年かかって、こんな気持ちと実行の連鎖で、今に至るわけですが、

町のエキスパートが各地域にたくさんいて、それぞれの活動が世に広まったら、もっと楽しい街になるのになー。この人とこのことをどう結びつけたらよかんべ?結びつけるためには、機会、目的、場所、金、タイミング、いろんなもんが、必要だ。うまく結び付けているのが、お隣富士市のNPO吉原宿さんという見本がいるが、うまく結び付けられていない組織もいっぱいあることを知る。
   
■そいで、「しずおか国民文化祭」なんです
1)から11)までの気持ち連鎖のなかで、
私は、2000年に開催された「伊豆新世紀創造祭」という県のイベントで、プレイベント、プレ前イベントと1998年から運営に携わり、機会、目的などの要素を得られて、オマケに仲間も見つけられて、フィルム微助人の前身ができあがった。そのもうちょっと前が旧友峯村氏等の沼津青年会議所の先輩が運営していた「狩野川トワイライトコンサート」の運営マインドが準備運動となった。

来年2009年に開催される「しずおか国民文化祭」は、「文化」というテーマがついている。「文化とは何ぞや!」を3年間考えてきて、フィルム微助人の活動が文化事業なんだと知ることができたし、メディアで言われるように、文化なくしては観光振興も経済振興も継続しないと頭ではわかった。(海外まわってたときに、すげーなーと思えていたのは、どれも文化がいきづいていただからなんだと、日本には少ないなーと)

おっと!文化の話しでないよ。したいのは。

念願かなって、昨年から「県民が参加できる、事業公募」の委員会に携わらせていただいている。そこでは単純に、補助金を出すにとどまらず、関る団体が、関ることで、力をつけていく、仲間を増やしてく、アイディアを膨らましていけるようにしたいと考えてきた。

冒頭で書いたとおり、何か行動したい!と思った住民が、行動に移しやすい環境、その機会を創りたい。との悲願から。(フィルム微助人の「微助人」由来も、まちづくり何だかと肩書きがついたエキスパートが一部で頑張るんでなく、ちょっとずつ出し合う力という願いから)「伊豆新世紀創造祭」を機会にできた組織だから、あのときの事業を検証し、将来に活かしたい。国文祭に活かしたい。敬愛するハッスル小嶋さん(横浜の開港150周年に携わる)じゃないが、税金を使うんだから、クライアントサービスを考えた費用対効果の高い事業を行いたいと考える。

本番まで一年半。残り時間は少ない。今、ココにチカラを注いでいる。夢の実現。

■ピーター・ドラッカー氏「夢の実現」方程式

2008-04-17

あいかわらずピーター氏にはまっている。こんな状態がもうしばらく続くだろう。

ドラッカーの「夢の実現」方程式というネットページがあった。ピーター氏がなくなって追悼メッセージが世の中に流れた。それを見たサイト運営者枝川さんは、こう書いている。

なかに「ドラッカーに会って話をするのが夢だったが、もう叶わない」と嘆く書き込みもある。ドラッカーがこれを読んだとしたら、生真面目な表情で、問い返すにちがいない。「だけどきみは、その夢とやらを成就する自信があったのか? そのために、いったいなにをしたんだい?」と。

もっともだ、とうなづき、全文読み入った。

■自分ふりかえり(振り返りが、最近のマイブーム)
中学生時代、「夢はいくらでも語ったっていいじゃん!」と思っていた私に、衝撃的に一石を投じた同志と十代で一緒に生活をするようになった。「こうしたい」と口に出したら、「じゃーそのために何をするのか」という間髪入れずに返ってくる二十代。彼は実現できる人、私は成果まで得られない人。そのギャップに悩み、今もフィルム微助人をはじめとする活動のなかで、その訓練をしている。手取り足取り彼から教わってきたことが、独り立ちするようになって迷うことが増えた。苦手な分野「本を読みたいんだ」というと、彼にいうと、ピーター氏の本を教えてくれて、今に至るわけだが。

当たり前のように彼から学んだ教えが、ピーター氏の言葉と同じで、しかもピーター氏の本の方がわかりやすい。(笑

無我夢中で、物事わからぬままやってきたが、36歳になって、ようやく見えてきた感。余裕が出てきた。自分の行いを振りかえられる。という余裕。

■足りないものは「時間の管理」と「プライオリティ」
更に枝川さんのページから。

「いまでは、いかに仕事をすべきかは、いかに生きるべきかを抜きにしては考えられない。人はなによりもまず、自分自身を「経営」しなければならない。
 いま身を置いている組織と自分とは、どうすれば、お互いの利益のために共存していけるか。つまり、自分が実現しようとしている夢は、組織の目標達成
に、いかに貢献できるか。」

↑今、自身の方向転換期に差し掛かっている。フィルム微助人以外に所属する組織との距離感をどうしたらいいのか迷う。
散漫な夢をしぼり、優先順位をつける。夢の実現のためには、組織の目標をどう設定するのかも検討しなくてはならない。まだ途中。

 「強みを生かす者は、仕事と自己実現を両立させる。自らの知識が組織の機会となるよう動く。貢献に焦点を合わせることによって、自らの価値を組織の成果に変える」

↑まだどれも理解できない。
旧友、峯村氏がよく言った。
私が忙しくて「両方いっぺんにできないよー」と弱音を吐くと、
「金子ぉー、いいんだよ。一度に別のことをやると、ひとつのことに悩んでいる、かまっている時間がないだろう?それがいいんだよ」とな。
どういいんだがか。よくわからんで、とにかくいくつものコトを同時平行で進めてきた。しばらくして、峯村氏のいわんとすることが理解できたが、散漫な仕事へのストレスがたまり反省する日々から脱することができないときもある。

■禁物だってさ
「自己実現と貢献、ふたつを振り分け荷物のように肩に負う。成果をあげるためには、無闇に走ることも勝手に休むことも禁物である。時間を味方につけることである。」

↑無闇に走り、勝手に休もうとしている。禁物だって。「時間からスタートする■」という項目にその解決方法が記されている。

■「不決定の言い訳は通用しない」、「重要な決定を正しくする」
「決定には判断力と同じくらい勇気が必要なことが明らかになる。薬はにがいとは限らないが、一般に良薬は苦い」
 勇気をもって決定するのでなければ、成果という果実を手にすることはできないであろう。
 「もう一度考えてみてから」という不決定の言い訳は通用しない。ただしドラッカーは、漠然とした不安があるのなら少しだけ決定を延ばしなさいよと、老爺心を見せることも忘れているわけではない。

↑今、ここに差し掛かっている。明後日、土曜日フィルム微助人の定例会があり、決定もさることながら、判断材料を揃えることすらおろそかにしている。
迷っていたが、所属する複数の組織への時間分配をコントロールしなくてはいかんな。まずはそこからはじめよう。

■2008年度とこれから

2008-04-11

いつも考えているが、3月の青色申告を終えて、2008年度事業、運営の仕方と将来をちょいと真剣に考えている。

答えがでないので、ブログにもまだ書けないが、人に相談しながら、方向性を見出したいともがいている。微助人の会議は月に一度。役員会も月に一度。明日は役員会。二週間おきにスタッフとミーティングをしていることになるが、その二週間で様々なことを考え、進化させていく。

役員会を明日に控え、焦りながらも「これから」についてのとっかかりを説明できるように、下調べ、相談中。「やりたいことが散漫」でどう絞り込む。選択していったらよいのかが悩むんですねー。先に記したように、「失敗したっていいんじゃん」はしたくないんです。外部を巻き込む事業形態ゆえ、真剣、チカラ100%なのも当然ながら、失敗によるスタッフ組織全体の体力消耗を復活させるほど、時間の余裕のない時間軸で活動をしている。

てなわけで、事業方向性模索のなか、ひとつ面白いものを教えてもらった。
メモ代わりにおいておこうっと。詳しくは、半年後?(脱皮していれば…)

■ザガットサーベイ
ザガットサーベイ東京のレストラン 2008 (2008)
ザガットサーベイ東京のレストラン 2008 (2008)
CHINTAI