■多額な税金を使ってまで文化をやらなくてはいけないのか?
2007-12-27我々住民にとっては、観光だ、産業だ、景観だ、福祉だ、というジャンル分けは縁遠いが、まちづくり活動、市民活動をしていくと、行政との関わりは必然で補助金申請時にも、自分達の活動がどのジャンルに当てはめられるのかを明確にしなくてはならない。
数年前、(旧)東部行政センターの元所長さんのお声かけのおかげで、「文化」関連のパネラーで発言をさせていただいた。今でこそ恥ずかしい思い出だが、当時「文化」にうとい(意識していない)自分なりに勉強をしてのぞんだ。それから「文化」関連で委員で呼んでいただくようになった。(後に、2003年に開催した「CM劇場」というイベントを評価いただいていたことが判明。文化やっていたじゃん→自分。見ていてくれる人がいるのね〜)
そうやって文化というものを考えるようになり、只今その真っ只中。
参考資料として、慣れない文化を考える上でとても参考になる資料を発見!(吉原宿佐野師匠のおかげ)
■芸術文化と社会をむすぶネットワーク会議
以前ご紹介したかな?「芸術文化と社会をむすぶネットワーク会議」の第一回目会議が終わり、その議事録がweb(PDF)にアップされている。14ページ目に注目してみた。
1)「国や地方自治体は多額の借金があるなかで、福祉や公共費用などやらなくてはいけないことがあるのに、多額な税金を使ってまで文化をやらなくてはいけないのか」
2)「行政には頼らない文化つくりも必要ではないか」
一方↓
3)「文化は衣食住が整った上での、プラスアルファの楽しみだという考えを改めること」
4)「人は美しいものを感じることがなく生活を行うことができるのか」
5)「産業の付加価値の多くが文化にあり、美しいと感じることは人間の根幹をなしている」
6)「経済成長には、文化的なストックと仕組みが必要」
———————————————–
・1)2)はよく言われます。補助金メニューも福祉や教育は多いですが我々のような活動が該当するメニューはほとんどない。3)の考え方が根底にあると感じている。
・シュミレーションゲーム「シムシティ」では、道路や商業地などの基盤整備をしただけでは街は形成できず、遊園地などのアミューズメントや文化活動がなくてはゲームオーバーしちゃいます。4)が必要なんだと「シムシティ」は教えてくれます。
・基盤整備も、住民の文化レベルが上がらないと進まないと思っている。環境先進国のドイツの取り組みをみると、導入できるかどうかは、住民の意識レベルが重要なんだとわかる。地球に良くない。と考えるか。経済優先でいくのか。目先の利益に捉われることなく整備するためには、育てていく関係づくりが必要なんだよね。5)って理解しにくいけれど、実のところ身近で感じられるものがあるんだよね。
・木村尚三郎さんが言っていた。「ソーセージはその街の風景、土壌、人達のなかで食べるから文化であって、ソーセージだけを国外に持ち出してもそれは文化ではない」(金子なりの解釈になってますが)と。またソーセージを食べて、本場ドイツに行ってみたい。という思いにかられるわけで。それは食べ物だけに言えることでもないやね。6)があってこその経済発展なんだよな。
2)について
議事録のなかにもあるように、先般行われた「技能五輪」じゃないけれど、伝統技術が世代交代で失われていくことへの歯止めは、2)の住民オンリーではなく、国としての支える、育てる仕組みが必要だと常々思う。
支える=金を出す。ということでは決してない。行政ならではがもっている情報を面にすることで補えられるはず。行政、企業、住民が一体になる仕組みづくり。今出している税金を住民のニーズにそった使い道にすることも必要。(議事録11ページ参照)
「CM劇場」の開催目的は「支える仕組み、きっかけ作り」である。彼らは「芝居の稽古場がなく、千本浜で夜、稽古していてお巡りさんに補導された」り、「大きな公共施設を借りる資金がないのもさることながら、芝居に必要な小道具や照明器具、幕などの大道具機材を」もっていない。それを借りてくるコネクションも大きな劇団でないと。という現状がある。開催後、波及効果として、互いの劇団で客演を行うなどして交流を持ち、情報、物、人の交流ができた。(議事録4ページ)にあるように、国の芸術振興基金は、ついこの間まで練習のための稽古場費用には使えなかったそうだ。基金を作るなら、使う側のニーズにたって考えれば、十分支える役割を果たせる。(議事録11ページ)すでにできあがっちゃった人だけでなく、これからの人たちを支える仕組みを作らなくてはならないのだとわかる。